AI用語の基礎知識

【第16回】「フィジカルAI」とは──“考えるAI”がロボットを通じて現実世界で動き出す

「現実世界で行動するAI」として、いま注目されている「フィジカルAI」(筆者がGPT Image 2で生成)

 ChatGPTに代表される生成AIは、文章や画像、動画といった「データの世界」で大きな成果を上げてきました。では、そのAIが画面の中だけでなく、現実の世界で動き始めたらどうなるでしょうか。

 自動運転車が道路を走り、工場のロボットが部品をつかみ、倉庫では自律移動ロボットが人を避けながら荷物を運ぶ。こうした「現実世界で行動するAI」を指す言葉として、いま注目されているのが「フィジカルAI」です。

フィジカルAIとは

 AIがカメラやセンサーなどを通じて現実世界の状況を把握し、ロボット、自動運転車、ドローンなどを通じて行動する技術を指します。

 これまでの生成AIは、主に画面の中で仕事をしていました。文章を作る、画像を生成する、データを分類する。いずれもデジタル空間で完結する作業です。

 一方フィジカルAIは、重力、摩擦、障害物、人間の動き、モーターの性能といった現実世界の制約の中で動きます。画面の中なら、AIが少し間違えても文章を直せば済みます。しかし現実世界では、ロボットが手を滑らせれば物を落としますし、自動車が判断を誤れば事故につながります。

 つまりフィジカルAIは、AIに「身体」を持たせるような取り組みだと言えるでしょう。

なぜ今フィジカルAIなのか

 フィジカルAIが現実味を帯びてきた背景には、いくつかの技術進歩があります。

 一つは、生成AIで使われてきた「基盤モデル」の考え方が、ロボット分野にも広がってきたことです。文章だけでなく、映像、3D空間、センサー情報などを学習し、物理世界の変化を予測する「ワールド基盤モデル」と呼ばれる技術も登場しています。

 もう一つは、シミュレーション技術の進歩です。現実の工場や倉庫を仮想空間に再現し、ロボットに何万回も試行錯誤させれば、現実で壊したり事故を起こしたりする前に訓練できます。たとえば「NVIDIAのOmniverse」や「Cosmos」は、こうしたフィジカルAI開発を支える技術として注目されています。

 さらに、ロボットや車両に載せられるAIチップの性能も上がっています。大きなクラウドサーバーだけでなく、現場の機械の中でAIを動かしやすくなってきたわけです。

どこで使われるのか

 フィジカルAIの代表例は、製造・物流、自動運転、ロボットです。

 従来の産業用ロボットは、「決められた場所で、決められた動きを繰り返す」のが得意でした。一方、フィジカルAIを備えたロボットなら、バラ積みされた部品を見分けたり、人や障害物を避けながら移動したりできるようになります。

 自動運転車も、道路という現実空間を相手にするフィジカルAIの一種です。カメラやセンサーの情報から、歩行者や他の車の動きを推定し、ハンドルやブレーキを制御します。

 最近は人型ロボット、いわゆるヒューマノイドにも注目が集まっています。人間と同じ形をしていれば、人間向けに作られた階段、ドア、工具をそのまま使える可能性があるからです。

現実世界は、やはり難しい

 もちろん、フィジカルAIはまだ万能ではありません。

 最大の難しさは、現実世界が予測不能なことです。照明が少し変わる。床が滑りやすい。人間が急に動く。こうした小さな違いが、AIの判断を狂わせることがあります。

 また、事故が起きたときの責任、安全基準、法律の整備も大きな課題です。文章を間違えるAIと、現実世界で動くAIでは、求められる安全性がまったく違います。

 これまでのAIが「画面の中で考えるAI」だったとすれば、フィジカルAIは「現実世界で動くAI」です。AIの活躍の場は、いま画面の外へ広がり始めているのです。