インタビュー
キリングループにおけるAI活用の現場と未来像
2026年8月28日 16:47
キリングループは、かなり早い段階からAI技術の活用を推進してきたことで知られている。全社共通の生成AI基盤である「Buddy AI」の運用や、Microsoft Copilotの導入により、グループ内での生成AI利用率は70%~80%という極めて高い水準に達しているという。
同社がなぜこれほどまでにAIの活用を進めて来られたのか。そして、この先をどう見ているのか、キリンホールディングス デジタルICT戦略部 主査の永沢拓也氏にお話を伺った。
コストダウンではなく「価値創造」の時間を作るためのAI活用
――キリンは他の食品飲料メーカーと比べても、かなり早い時期からAIの活用に取り組んでいるなという印象があります。どんな狙いがあったのでしょうか?
永沢氏:2020年頃から、いわゆるAIの中でもマシンラーニングとか、そういった領域に関してチームを作って進めてきました。そして、生成AIが出てきて、そこに対してしっかり取り組んでいきましょうということで、その組織からの派生ではあるんですが、2023年頃には「キリンGPT」という形でAzure OpenAIを使った社内向けの生成AI環境というのを提供し始めました。かなり早い段階からスタートはできてきているのかなという風には思っています。
――AI導入の狙いとしては業務の効率化というところが真っ先に来るでしょうか?
永沢氏:我々としては、お客さまに新しい価値を提供していくということを言い続けるということを掲げているのが大前提としてあります。そのための手段として、いかに社員のオペレーショナルな業務をAIに任せていって、より価値創造に割ける時間というのを創出していくということを狙いとしているので、単にコストダウンをしたいとかそういったことが狙いではなくて、いかにパートナーさんも含めて、価値創造できるような業務にシフトしていくということが狙いになっています。
――その結果が、開発のスピードアップだったり、さらにおいしくだったり、新商品の形になって出てくるのですね。
永沢氏:そうです。
――実際に手応えとして感じてらっしゃいますか。
永沢氏:かなり過渡期な状況ではあるかなという風には思っていますが、社内での利用率というのはかなり他社さんと比べても非常に70~80%という高い水準を叩き出しています。単純な利用率ということではなく、試算になるんですが、生成AIを使ってどれだけ元の業務に対して効率化ができたかという時間というのも一応KPIとして測っていて、そういった意味ではKPIとして設定している生産性向上の水準としては、最終的には2024年比で60%を目指しているんですが、今もう15%となっており、高い水準でいっているところは20%以上という数字を出せているので、生成AIの活用においては非常にいいスタートが切れているのかなという風に思っています。
――実際に広報の皆さんもそこは体感できるぐらい変わってきていますか?
広報担当者:広報は使っている人がすごく多くて、例えば、記者さんへのご提案の内容のブラッシュアップだとか、調べものをするのにAIを使ったりとか、誤字脱字でとんでもなく信頼を失ってしまうので、そこをAIに任せたり、結構実感してますね。
永沢氏:経理部門などでは、元々OCRの活用を進めているので、そういったところでの効率化というのは進んできたかなという風に思うんですが、以前は手動でフォーマット定義などをしないといけませんでした。生成AIの登場でそこすらやらなくていい時代になってきているっていうのは、かなりテクノロジーの恩恵が受けられている状態にあるのかなという風には思っています。我々の中でも、業務プロセスの中に組み込んでいくというのが、今年からのテーマで、それを進めている状況になっています。
いわゆる生成AIツールの活用というのはある程度一巡してきていて、それよりもAIが自律的に何かのトリガーに基づいて実行していくようなステージに入ってきているので、そういったものをいかに業務の中に組み込んでいってオートメーション化していくかというところが、生成AIの活用においては我々の今のテーマかなと思っています。
CopilotやClaudeを使いこなすキリンが突き当たった「人間側の限界」
――実際のところ、そうしたAIを使いこなすための従業員のトレーニングも大事なのかなと思うんですが、そこについてはどう取り組まれているのでしょうか。
永沢氏:おっしゃる通りで、従業員教育に関しては「DX道場」という取り組みを、2020年頃から進めています。そこでは、いわゆるビジネスアーキテクチャーの育成であったりとか、データ活用、データサイエンティストの育成に取り組んできました。
その上で生成AIというのが非常にインパクトのあるテクノロジーとして出てきているので、まずはプロンプトを作りましょう、みたいなところからスタートしている部分が強いですけれど、さらにステップアップしてどういったデータを食わせて、どういったツールからどうアクションするのか、みたいなところの研修を一部やり始めています。
ここはマイクロソフトさんのツールの進化とともに、Copilotも今グループでいくと8000ライセンスぐらい契約していますし、AI BuilderやCopilot Studioみたいなものがどんどん進化していっているので、そういったものを活用しながら進めています。
――マイクロソフト以外のソリューションについてはいかがでしょうか。例えばAnthropicやOpenAI、Googleであったり、どういう風に使い分けされているんですか。
永沢氏:私たちの部署では基本的には全てのツール使っています。それは全社展開していく上での優位性やセキュリティリスクの評価や検証を行なう立ち位置にあるからです。
グループウェアの中にCopilotが組み込まれているので、ここに関してはGoogleについても同時並行で検討している状況です。これはマイクロソフトのWork IQとGoogleのWork Intelligence、どちらに優位性があるのかというところを注視している状況です。
一方で、グループウェアの外に出ようとした時に、外にある情報の方が多く、そういった情報をシームレスにつないでいかないといけないですし、業務システムは多岐にわたりますので、そういった業務システムを自律的にAIが活用していくというステージにならないと、自律性が高まっていかないですし、我々としては20%の生産性向上を目標に進めていますが、それ以上はいかないだろうと思っています。
私も複数の生成AIを使って同時にプロンプトとか投げてますが、もうこれ以上投げれますか、というと投げられないのです。
――人間側の限界ですか。
永沢氏:そう、人間側の限界が来るので、AIが自律的に判断し、AIが自律的に実行していく環境をいかに作っていくか、というのが我々としての次のステージだと思っています。
Claudeに関しては、今は我々IT部門を中心に使っています。Claude Codeを使って、いわゆるAIエージェントのアプリケーションの生成みたいなものを標準フレームワーク化して、自然言語でアプリケーションを作ってデプロイしたりするというところまでのCI/CDのパイプラインも含めて作り上げていくことで、基本的にはコードを見ずにデプロイしていけるパイプラインを作っていこうというのが今試行していることです。
ChatGPTに関しては、戦略的に契約をさせていただいていますので、そこに関しては少しライセンスを増やしながら状況を見て進めています。今はR&D部門を中心に専門性が高い領域で使っています。
ただ、メインはCopilotを中心にしています。元々使っているBuddyAIを無くしているわけではなくて、グループ内にはCopilotを使えないユーザーもいますし、費用対効果が見えないと判断しているユーザーもいるので、そういった意味ではベースライン、セーフティネット的に生成AI使える環境としてのBuddyAIというものを提供し続けるという形にしています。
――BuddyAIについては、チャット型で利用する形だと思いますが、将来的にはそこもエージェンティックAIにシフトされていくのでしょうか?
永沢氏:そこはかなり悩みどころでして、元々の構想としてはBuddyAIっていうのは、ある意味ソリューションというよりは我々キリングループとしてのAIの象徴の名前でしかなかったんです。
ステップとして、今はいわゆるチャットベースでのコミュニケーションをとるBuddyAIをソリューションとして提供していますが、将来的にはスーパーバイザー的なAIに近いところを担っていくだろうということも構想しています。
ソリューションとしては、今使っているBuddyAIを拡張していくというよりは、Copilotにしていくのか、他のツールにしていくのか、選択が迫られてくるかなと思っています。
最近ではMCPやA2Aといったプロトコルがデフォルト化してきているので、そういったものを使って、いろんなソリューションや業務システムとAIの通信を実現していく想定です。
エージェンティックAIの活用と「人間は騙される前提」での仕組み化
――エージェンティックAIが注目されるようになり、AIを従業員のように使いこなして事業を運営するみたいなことも始まっています。そういうところも目指して行かれるのでしょうか。
永沢氏:そうですね、もちろん実現していこうという風に思っています。
――どういう業務が適しているという風に見てらっしゃいますか。
永沢氏:基本的には全ての業務に適用はできるとは捉えてはいます。ただ、ペーパーワークというか、要は現場というよりは基本的にはオフィスワークを中心に先に進んでいくだろうという風には考えています。それをしっかり実現しない限り、やっぱり現場での活用は進まないのかな、と思っているので、オフィスワークでの活用が中心かなと思います。
ここは財務領域もそうですし、マルチチェーン上に存在する営業もそうですし、マーケティング、生産管理など、マネージメント領域が多いかなと思いますが、そういったところの活用というのが主戦場になってくるかなと予想しています。
多くの企業で進められているように、間接業務の方が先行して進んでいくというのは当たり前かなと思っていて、オペレーショナルな業務っていうのがやっぱり定義されやすいということでしょう、そちらが先行して進みつつ、バリューチェーン側にどんどんシフトしていく形になるのかなという風に思っています。
――直近ではセキュリティに対する懸念も高まってきていますが、どういう風にAI関連のセキュリティの対応をされていくのでしょうか。
永沢氏:今のセキュリティでできていないこともまだまだあるので、そこをしっかり見直していくということが大事になると思っています。
どの企業もそうかなと思うんですが、境界型の防御が中心でした。事業を行なっていく上でいろんなクラウドサービスも使いますし、SaaSも使っていくということが大前提になってきているので、ゼロトラストの前提で進めていこうというのが、ここ数年進めているところになります。
一方、エージェンティックAIと言われているものをしっかりと活用していこうとした時のセキュリティの考え方というのは、また大きく違ってくるだろうと考えています。
これは人間のためのセキュリティというよりは、AIを前提としたセキュリティが必要になってくるので、通信であったり、そういったところも含めていろんなセキュリティレイヤーに対して適切なガードレールをしっかりと設定をしていくということが必要だと思っています。
もちろんガードレールだけではリスクを全てカバーすることはできないので、それを実現していくような、セキュリティ対策チーム自体もAI化していく。何か起こった時に対策をしていくのではなく、プロアクティブにセキュリティリスクがないのかを常に監視をし、何か起こりそうな予兆を検知し、先んじて対策を打っていくような仕組みが非常に重要になってきます。
我々としても非常に難しいなと思っているのは、やはり人間の教育であったりとかガバナンスみたいなものに頼ってきたセキュリティが存在するということです。これは日本の会社特有の部分が多いのかもしれませんが、勤続年数が長い前提でいくと、ある程度そこのリスクの境界線みたいなのことを人間の教育であったり、リテラシーに基づいて設定しているケースが存在します。
やはり昨今のセキュリティリスクを考えた時に、人間を騙していくような攻撃をするケースが非常に多いということで、そこに対して人間を信頼、もちろん従業員なので信用はしていきます。教育もしていくんですが、人間は騙される前提でセキュリティ対策をとっていくということが非常に今後重要になってきます。そういった仕組み化をいかに実現できるかというのをまさにやっているところです。
工場や研究所へのフィジカルAI展開と「人にしかできない価値」の探求
――オフィスワークだけでなく、飲料などを製造する工場や物流の現場にもAIが入っていくことが見込まれますが、フィジカルAIに対する取り組みとして進めているものがあれば教えていただけますか。
永沢氏:我々は製造業ですので、製造ラインの中でどう活用していくのかというところはチャレンジしています。工場内の監視業務など、そういったものに関して4足歩行ロボットを活用して、人間の巡回を無くしていくことを検証したり、まさに我々のチームで進めていますが、ロボットアームの制御など、ロボティクスの活用にも取り組んでいます。
もう1つ、研究所や品質管理の部門についても、研究設備がたくさんあって、それを人間が設定をしたり、ずっと付きっきりでやっていたりするので、そういったものに関してのAI活用を進めていきたいと考えています。
ちょっと余談ですが、ビールを注ぐのをロボット化していて、容器の形状とかも結構違ったりしますし、どれくらい注いだかっていうのもしっかり見ていかないといけないので、そういったことにも取り組んでいます。我々はビールが創業なので、やっぱり3度注ぎとかでいかにおいしいビールを注げるか、みたいなところにチャレンジしていこうということでやっています。
ロボティクスはまさに我々も注目してますし、生産性のKPIを達成していくためには、しっかりビジョンを実現していくことが不可欠な要素になっています。
こうした飲料系の事業の中での省力化や自律化みたいなところでの活用が1つですが、もう1つは、我々としてはバイオテクノロジーをベースにして、いかに新しい将来のビジネスの種になるような素材開発をしていくかというのも大きなテーマです。どうしてもドライというよりはウェットな研究が付き物になってくるので、手作業で研究設備をメンテナンスし、動かしながらやっていく必要があり、柔軟性が求められるので、まさにAIが今後期待できるのかなと思っています。
――ビールの原料で言えば、麦やホップは農場で作られています。将来的には農業の領域にも踏み込んでいかれるんでしょうか。
永沢氏:そうですね。我々のサプライチェーンをいかに全体としての最適化をしていくかや、価値を創造していくかという意味合いで、農家さんをはじめ、いろんな方々と一緒に取り組むこともありますので、そういったところにも取り組んでいけたらとは思います。
ただ、どうしても自社の事業のオペレーションに精一杯な部分もあったりするので、まさにフロンティア的な業務になってきます。そういったところにどんどんシフトしていってサプライチェーン全体としてより価値が出せるようにしていくためにどうしたらいいのか、といったところがチャレンジ領域になってくるのかなと思っています。
――ビールの開発においては「FJWLA(Flavor Judgment for Whole Liking Analysis)」という嗜好AIも開発されたとのことですが。
永沢氏:これまでの歴史の中で蓄積してきたデータが散在していたので、それをしっかりとメタ情報も含めて管理できるように基盤を作り、その上でモデルを作って回していくことで、より価値の高い商品を作っていこう、というのがベースになっています。
――最近までグルメ Watchを担当していたのでよく分かりますが、ビールもウイスキーも、ブレンダーさんがすごく活躍して商品化される部分があって、属人的でありつつ、でもその人がいるから価値が出るみたいなところもあります。将来的にはそういったブレンダーの役割をAIが担っていく形になっていくんでしょうか。
永沢氏:我々のビジネスの中においては、ブレンダーさんの役割は大きくは変わらないんじゃないかなと思っています。やはりそこはキリンとしての味をどう出していくか、という思いが結構強いので、再現性の話でいくと工業化の世界ですけど、どういった味が好まれているかいうところに関しては、ゼロベースというよりはAIがある程度示唆を出しながら最終的な思いを乗せるところは人間がやっていくということになっていくのではないでしょうか。
最終的に決めるのはやっぱり人間じゃないと、仕上がりが平均点になっちゃいます。キリンとしてのブランドや、商品としての意思を味に反映させるところは、AIではなく人間が判断していかないと変化がないものになってしまいます。そこを作っていくのは人間しかない。もちろん当たり外れはあると思いますが、そこは仕方ない部分です(笑)。
――お話を伺っていると、なんだかビールが飲みたくなってきました(笑)。本日はありがとうございました。






![Claude Code実践入門 [生成AI深掘りガイド] 製品画像:4位](https://m.media-amazon.com/images/I/41onRRY91KL._SL160_.jpg)































