インタビュー
高性能&低消費電力のAIチップを開発するSiMa.aiが描くフィジカルAIの未来
2026年8月20日 09:39
これまでクラウド上で中心的に進められていたAIの学習や推論は、今や現実世界の機器や現場で直接処理を行なう「フィジカルAI」へと急激な移行を見せている。こうした流れの中で、エッジAIに特化した半導体チップと開発ソフトウェアで存在感を示しているのが、米シリコンバレーに本社を置くSiMa.ai(シーマ・ドット・エイアイ)だ。日本市場での展開や同社の強み、そしてフィジカルAIが切り拓く未来について、同社日本法人の代表を務める林田裕氏に伺った。
半導体業界で培ったキャリアとSiMa.aiの立ち位置
林田氏は、東京エレクトロン、ザイリンクス、AMDなどを経て、昨年4月にSiMa.aiへ参画した。日本の製造業を中心としたBtoB顧客に対し、一貫して半導体部品やソリューションを提供してきた経歴を持つ。
シーマはサンスクリット語で「エッジ」を意味する社名であり、元ザイリンクス役員のクリシュナ・ランガサイ氏によって創業され、間もなく創業8年目を迎える。社員数は全社で200名余り、上場前のベンチャーでありながら累積調達額は800億円強(5億500万ドル)に達している。今年4月にはメモリ大手のマイクロンからの出資を受けるなど、世界的な半導体エコシステムの中でも高い注目を集めている。
開発拠点も米国本社をはじめ、自動車向けソリューションに強みを持つドイツのシュトゥットガルト、インドのバンガロール、東京、ソウルとグローバルに展開しており、近く台湾オフィスの開設も予定している。
クラウドの課題を克服するエッジ専用ワンチップSoC
現在、多くの製造業や組込機器ベンダーがAIの導入を模索しているが、クラウドへデータを送信して処理する従来のアプローチには限界が見え始めている。自動運転に代表される低レイテンシー(遅延)の要求や、防衛、医療、店舗カメラ画像などに求められるセキュリティやプライバシーの確保、さらには継続的なクラウド通信コストの削減といった課題が存在するためだ。これらの課題を解決するのが、エッジ側での高速かつ低消費電力な処理を実現するSiMa.aiのソリューションとなる。
SiMa.aiが提供する第2世代シリコン「MLSoC Modalix」は、ARMプロセッサー、DSP、映像エンコーダ・デコーダ、そして独自の推論エンジンであるマシーンラーニング・アクセラレータを1つのチップに集積したSoCタイプのパッケージだ。競合する他社のアクセラレーター製品の多くが外部にホストCPUを必要とするのに対し、SiMa.aiの製品は1チップですべてのAI処理と前後のデータ処理を完結できる点が大きな優位性とされる。
さらに、産業機器分野で最大の課題となる長期供給性においても、SiMa.aiは最低10年間の供給保証を掲げている。大手GPUメーカー製品のように短サイクルで製造中止になる懸念を払拭し、システムへの組込後の安定的な運用を可能にしている。競合製品と同等のソリューションでありながら、10W以下という圧倒的な低消費電力で高いフレームレートを叩き出す性能は、ドローンや搬送機器、外観検査ラインなど多様な現場で高く評価されている。
開発の壁を打ち破る「Palette Neat」とバイブコーディング
組込機器製造の現場において、AI開発の最大のハードルとなるのがソフトウェアの開発コストと技術的ハードルの高さだ。SiMa.aiは自社を創業当時から「ソフトウェアの会社」と位置づけており、開発者がどれほど容易にAIを実装できるかに主眼を置いている。
その具体的なソリューションが、新たに発表されたエージェンティック開発ツール「Palette Neat」だ。従来の組込みAI開発では、C++やPythonによる複雑なコーディング、モデルの量子化やコンパイルといった作業に数か月単位の時間を要していた。しかし、Neatを活用したバイブコーディングを取り入れることで、自然言語の指示(テキストプロンプト)を入力するだけで、AIパイプラインの構築や調整が完結する。これにより開発期間は数時間から数日へと劇的に短縮された。
SiMa.aiでは、GoogleのGemmaやMetaのLlama、MicrosoftのPhiといった各種オープンソースの大規模言語モデル(LLM)やビジョン・ランゲージ・モデル(VLM)をあらかじめ量子化・コンパイルした状態でHugging Face上に公開している。開発者はこれらをダウンロードし、Neat上で指示を出すだけで、高速なベンチマーク動作をすぐに確認できる環境が整っている。
日本市場で膨らむ「話しかける機器」とRAG活用のニーズ
国内ではすでに多数の製造業や大手企業がSiMa.aiのデバイスの評価を進めている。林田氏によれば、その中でも日本市場において際立って関心を集めているのが、エッジ端末へ話しかける対話型ソリューションの構築だ。
従来、分厚い取扱説明書や整備マニュアルの確認、エラーコードへの対応は現地作業員やサポートセンターの大きな負担となっていた。しかし、マニュアル類をRAGのデータとしてエッジデバイス内に組み込むことで、音声で質問すれば数10ミリ〜数100ミリ秒というストレスのない速度で正確な復旧手順や操作方法が音声と文章で返ってくるシステムが実現する。工場や車の整備場など、ネットワーク環境が不安定な現場であっても、スタンドアロンで動作するエッジAIの利点が最大限に活きる分野だ。
また、自動車の車室内における音声コマンド制御や、医療現場におけるさまざまな医療機器の音声操作・ガイドなど、これまでクラウド経由でしか実現できないと考えられていた高度なLLM/VLM処理が、10W以下の低消費電力で快適に動作する点が高く評価されているとのことだ。
柔軟なビジネスモデルで拓くフィジカルAIの未来
SiMa.aiは今後、単体のSoCやシステムオンモジュール、PCIeカードといった完成品ハードウェアの提供にとどまらず、事業の多角化を進めていく方針だ。すでに自社の推論エンジンをIP(知的財産)としてライセンス販売するモデルを開始しており、顧客独自のASIC開発への組み込みや、来年以降に見込まれるダイ(チップレット)単位での販売にも対応していく。
次世代の第3世代デバイスの開発もその背後で着々と進行しており、自動車向けの機能安全やASIL(Automotive Safety Integrity Level:自動車安全水準)認証への対応、音声の直接入力処理など、機能と性能の両面でさらなる進化を目指している。半導体とソフトウェアを高い次元で融合させ、現場の課題を即座に解決するSiMa.aiのフィジカルAIソリューションは、これからの製造業や産業機器のあり方を大きく塗り替えていく可能性を秘めている。









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